初めて知ったグラフィックデザイナーの名は亀倉雄策だった。中学二年のある日、体育館に東京オリンピックの2枚のポスターが貼られた。今でもはっきり憶えている。ステージの左には日の丸の、右には短距離走のスタートダッシュの写真のポスター。その日からいつもの体育館の空気が一変し、なんだか外国にいるようだった。このときの興奮が今の自分の仕事につながる初めての出来事だった。数十年が経ち、亀倉さんにお会いしたときにそのことを伝えることができた。亀倉さんと会話したのはその一度だけだった。
亀倉さんは第一回のヒロシマ・アピールズの作者でもある。その16作目のポスター制作の指名を受け、僕に何ができるのか、そしてまたポスターに何ができるのか……と緊張し、ずいぶんと苦しんだ。やがて目の前の白い紙を見つめるうちに、その白さが夏の陽のまぶしさに感じてきて、しぜんに筆が動いて止まらなくなった。僕にとっての真夏はいつも短かったが、忘れられない思い出がいっぱいある。青空はときに悲しくもあり、あの人この人の顔が浮かんでくる。この絵は誰かの姿であり僕の姿でもある。今考えると、こうして自分の職業を忘れて僕自身に帰ることで、ヒロシマと向き合うことができたように思う。
このたびの受賞が少しでも平和の一助になれば、こんなに嬉しいことはありません。
葛西 薫
KASAI Kaoru
1949年北海道札幌市生まれ。1968年文華印刷、1970年大谷デザイン研究所を経て、1973年サン・アド入社、現在に至る。サントリーウーロン茶(1983年~)、ユナイテッドアローズ(1997年~)などの長期にわたる広告制作、虎屋のCI・空間計画・パッケージデザインなどのほか、サントリー、サントリー美術館、六本木商店街振興組合のCI・サイン計画、映画・演劇の広告美術、装丁など、活動は多岐にわたる。主な受賞に、東京ADCグランプリ、毎日デザイン賞、朝日広告賞、講談社出版文化賞ブックデザイン賞、日本宣伝賞山名文夫賞など。著書に『図録 葛西薫1968』(ADP)。東京ADC、東京TDC、AGI会員。
(2014年1月現在)