受賞の知らせをもらう前日、まったく偶然に、いつも素通りしていた古本屋に一見の客として、何か吸い込まれるように入った。
雑然と重なった本の隙間にできた道を、何を探すともなく一周する途中、まったく偶然、目が止まった背表紙があった。『亀倉雄策の直言飛行』。その一冊を本棚から抜き取り、ぱかっと本の真ん中あたりで開くと、まったく偶然だが、開かれたのは資生堂のかつての上司である中村誠さんについて書かれたページだった。実は以前誰からか、「亀倉さんは中村さんのことをあまり評価していないのでは」と聞かされたことがずっと引っかかっていて、それに近いことが書かれているのかもと心の準備をして読み進んだ。しかし内容は全く逆で、亀倉さんは資生堂という企業の中でのアートディレクターの立場を正確に理解し、公平な目線を持ったうえで、中村さんのデザインを高く評価しておられた。読んでいるうち、いつしかそのアートディレクターは現在の立場の自分に置き換わり、その自分も励まされている気がした。
一四〇年前、洋風調剤薬局として始まった資生堂は、創立の頃から唐草というグラフィックデザインを使ってきた。唐草模様は何かの表面を装飾するとともに植物の伸びていくエネルギーに永遠への祈りを重ねたものである。大先輩たちは永遠の美しさの存在を想像しながらそれぞれの唐草を刻んだことだろう。ただこの会社の出自を思えばそれはただの表面装飾ではなく、医学のように、目に見えないものの正しい秩序を見つけることで美しさの本質に迫ろうとしたものではなかったか。次の日、まさか前日手に取ったばかりの本の著者の名前を電話で聞かされるとは思ってもみなかった。
そしてあわてて例の古本屋に向かった。ほんのり感じた亀倉さんとのつながりが消えてしまわないように、その一冊をしっかり掴んで僕はレジに向かった。
澁谷克彦
SHIBUYA Katsuhiko